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そこそこ

本田そこの文章

長編を書くときの意識のコントロール方法を知りたいというお話

雑記 創作

外に出すことを意識して小説を書くようになって一年経った。

完成したもののうち、外に出力したのは同人誌が四冊。

それぞれ、書いている時に意識していたポイントが異なっていて、

物語の舞台を表現したい

ミステリチックな展開をしたい

物語にギミックを仕込みたい

心象風景を重点的に書いてみたい

といった具合。

実現できたかはさておき、書き終えて完成という形をとったことで、書いていた本人が一旦気持ちを整理するのには効果があった。

やりたいことがいっぱいあってどれから手をつけていいかわからないって状況を、無理やりにでも一本に絞ってやりきることで、強引に前に進めることができた。

 

それで、現在の話。

だいぶ前から設定を練っているお話があって、そろそろそれをアウトプットしていきたいなぁと思っている、

今まで書いてきたものがどれも短編であったことに対して、今書きたいものは表現したいものの量を考えるに、確実に長編になる、

そこで、一つ懸念が生じる。

これまで、短編だからこそできる「締め切り間際に強引に詰め込んで書き終える」という手法を取ってきた人間が、はたして長編の執筆という作業をうまくコントロールできるのだろうかという問題だ。

しかも、これまでは短編ゆえに「やりたいこと」もコンパクト化してきたけれど、今回の長編はそうもいかない。

世界観を密に伝えたいし、キャラクターの個性も表現したい。人間関係から生じるドラマみたいなものも書いてみたいし、少しずつ積み重ねた物語から自然と生じる自分にも予想もつかないような展開というのも体験してみたい。

そんな状況だから、集中力が、創作に対するモチベーションが様々な目的に対して分散してしまって、結局書き進めることに失敗してしまうのではないか?そんな疑問がふつふつと浮かび上がってくるのである。

 

過去にそういった経験の積み重ねがないからこそ生じる悩みで、ぐだぐだ言ってないで書き始めろよというのが答えなのかも知れないけれど、不安なものは不安だし、最初の一歩でいきなり転ぶなんてのは避けたいし、できるなら質も高めておきたい。

自分の作りたいもの、表現したいものは、なるべく綺麗な形で外に見せたいというのは自然な願望だと思う。

 

だから、散らばる目的を寄せ集め、長いスパンで続くであろう執筆のプロセスに対するモチベーションを上手く維持する方法がないものか、じわじわと探っている最中である。

 

アイディアはあまりに長く溜め込んでも腐ってしまうから、そうなる前に日の目を見せてやりたいね。