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そこそこ

本田そこの文章

テンポよく読ませたいし書きたいし

雑記 創作

タイトルで言いたいことは言ったのでもう書くことなんてないんですが、ブログなので Twitter よりは多めに文章を残しておこうと思います。

 

文章を読むときのテンポというのがあって、それは言葉遊びだったり字数の組み合わせによるリズムだったりと様々なんですが、そういうテンポを大事に小説を書いていきたいなぁと思っています。

もちろん、会話文になった場合はテンポよりも話者に対する自然さを優先しますので意図的にテンポが悪くなっていたりすることもあるんですが、一方、小説の地の文については、一人称か三人称かでだいぶ印象は変わるわけですけど、実際に文章を読んだときに内容が脳内を上手く流れていってくれるかどうかっていうのは人称をどう選ぶかには関係なく策を練っていくことができる場所なんじゃないかと考えています。

 

このテンポっていうのが読んでもらうことを意識した場合に重要な点となってくるのは少なくとも僕にとっては当然のことなんですけれども、実は書くときにもかなり意識する部分でもあるのです。

文章を書き出したあとの納得感がテンポの良し悪しによってだいぶ変わるんですよ。

 

誰しもそうだとは思うんですが、いざキーボードを叩こうとなったあと、何を書くべきか書かぬべきかで悶々と悩み、必死に取捨選択をしたあとに意を決して文章を出力していくという流れになります。

この出力の時、その場に出力された文章をリアルタイムに再度目で読み込んで内容を頭の中に反芻させるんですけど、テンポ良く読めるような文章になっているとこのときの処理も脳によく効いてくれるので、出力結果に対する納得感、あるいは満足感がかなり高くなります。

良いテンポを保つことができるとその間は次々に文章が手先から流れ出てくれるという状況になったりもするので、生産性も上がって尚グッド。

どうせ最後に見直すので勢いに任せて書き殴った部分は修正できますし、大抵の場合、良いテンポで生み出されたところはいじらない方がいいなって雰囲気を醸し出してます。

 

今は全然鍛えが足りなくてこの良いテンポの持続時間が短いんですけど、これからは、以前のように締切間際にだけ集中して小説を書くのではなくて、長期間、間をそれほど空けずに小説を書き続ける訓練をしていって、よりスムーズに自分を良いテンポで文章を生成できる状態に持っていけるようにしたいなと思ってます。

 

こういうブログ記事を書くのもそういった訓練の一環といえば一環です。

語尾の調整に気を取られていまいち集中しきれないところがあるので文体の統一は早めにしておきたいのですが、まぁ、それはそれとして。

 

カクヨム、書くための場として上手く使いたい。